医療従事者にとって当たり前の情報や知識は、一般的に認識されているものと一致しないこともあります。HbA1cや血糖値など、検体測定室で扱う項目もその一つでしょう。
受検者さんへの説明は、細かくなりすぎても犬猿されがちですが情報は正しく、かつ、誤解をまねくことのないように伝える必要があります。ここでは、血糖に関する説明方法について、よくある誤解とともにまとめました。
(この記事は2021.12.8公開記事を更新および改変したものです)
”血糖値“における「認識」の違い
検体測定室で「糖」に関する測定項目は、HbA1cと随時血糖値(略称:Glu、BS)の2つ。検査値の基礎知識を持つ人なら、この2つの違いは容易に分かるはず。
しかし、糖尿病を患う人やその関係者、ほかの疾患から合併症として糖尿病を発症した人、何かしらの薬による副作用で血糖が上昇しているという風な要因がなければ、知らない人も多いかもしれません。
現に、検体測定室でこの2つの違いについてよくご理解のある受験者さんは、前述に挙げるようなケースが多い印象です。
医療機関では、医師の診察のもとで糖尿病を診断(あるいは治療)するために実施する、6つの(血液)検査項目があります。このうち、 ”血糖値“ と呼ばれるのは、「空腹時血糖値」と「随時血糖値」、そして「75gOGTTによる血糖値」の3つで、測定時点における血液中のブドウ糖(glucose)の量を測ります。
一方、それ以外の検査項目3つで測定する対象はブドウ糖ではありません。これらの検査は診断や治療をおこなう上で必要に応じ、ひとつか複数を組み合わせて実施します。
糖に関する検査項目6つ
- 空腹時血糖値
(略称:FPG、fasting plasma glucose)
最後の食事から10時間以上あけて測る血糖値のこと。インスリンの働きや状態をしめす指標となる。 - 随時血糖値
(略称:Glu、glucose)
食事とは関係なく測る血糖値のこと。食後どの位での測定なのかを見ることで、食後血糖値の推移を推定することができる。 - 75gOGTTによる血糖値
(oral glucose tolerance test)
空腹時に75gのブドウ糖を溶かした水を飲み、30分後、1時間後、2時間後に採血して測る血糖値のこと。インスリンの働きや状態しめす指標となる。 - HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)
血液中の赤血球成分”ヘモグロビン“に、ブドウ糖が結合したもの。これを全体のヘモグロビン量に占める割合として、%で表記される。約1~2カ月前における血糖の変動をしめす指標となる。 - グルコアルブミン
(略称:GA、glycated albumin)
血清中におけるタンパクの一種”アルブミン“とブドウ糖が結合したもの。HbA1cと同じく%で表記されるが、約1~2週間前の血糖の変動をしめす指標となる。 - 1.5-AG(イチゴエイジー)
(1.5アンヒドログルシトール)
血液中に一定の量で存在する糖アルコールで、ブドウ糖の次に多いもの。高血糖状態でおこる尿糖にともなって1.5AGも尿に排出されることで、相対的に血液中の濃度が低下するのを測る(単位はμg/ml)。1~数日間前の血糖の変動をしめす指標となるほか、食後高血糖の確認にも有用。
受検者様でよくある誤解
HbA1cの数値が高く出たとき、「食後だからね」という人もいます。これは、健康診断でその結果については説明を受けるものの、検査項目の内容まで詳しく知る機会は少ないということが理由かもしれません。
次に挙げるような、血糖に関する誤解をとくことができる環境というのも、検体測定室が地域住民の方々の健康リテラシー向上に寄与し得る画期的なメリットのひとつです。
- HbA1cは食前に測れば今より低い
- 中性脂肪と血糖とは特に関係ない
- HbA1cは病院に行かないと測れない
- 血糖値は食後の測定では意味がない
【コラム①】漢方薬や認知機能サプリが、検査値に影響!?
「市販の医薬品やサプリメントなら医療用医薬品のようなリスクはない」というのは危険!
実は、医療機関でおこなう血糖の検査に対し、影響を与える市販薬や健康食品も存在します。例えば、漢方薬や生薬の成分を含む製品の一部では、 ”1.5-アンヒドログルシトール(以降、1.5-AG)” という検査に対して影響を与えることも。
「1.5-AG」とは、ブドウ糖(グルコース)とよく似た構造をもつ、天然に存在する糖アルコールの一種です。本来は、高血糖の状態になると血液中の濃度が低くなります。しかし、要因となる成分を多くとると血液中の濃度が下がりにくくなって、逆に高い値に。ただ、「1.5-AG」は多くの食品に含まれているものの、量が多いと言われる大豆でも0.02%とごくわずか。日常的な食事において気にする必要は、ほとんどありません。
一方、生薬成分の「オンジ」を多く含む漢方薬(人参養栄湯や加味帰脾湯、葛根湯、大柴胡湯など)では注意が必要です。このオンジは、漢字では「遠志」。字のとおり、 ”志を強くし、もの忘れを治す“ といわれ、近年では認知機能に関する健康食品について多数、販売されています。
ある調査※によると、4週間ほどオンジエキスを飲んでから測定した1.5-AGは、飲む前とくらべて明らかに高い値を示し、中止してから元の値に戻るまで4週間を要したという報告も。
検査技術の進歩によって食品素材の開発も進み、サプリメントや健康食品の選択肢が膨大に増えた現代では、より多くの視点から自身の健康を見つめる姿勢が求められているのかもしれません。健康診断や血液検査をおこなうときは、期間的にも余裕をもって準備をしておくことが大切です。
※参考:「オンジを多く含む漢方薬(人参養栄湯)の血清1,5アンヒドログルシトール(1,5AG)値に及ぼす影響」J.Japan Diab.Soc.45(8):583,2002
【コラム②】ヘモグロビンとHbA1cはどう違う?
1968年にイラン人医師 Rahbarによって発見されたHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)は、長期的な血糖を見るのに有用な検査として、現代でも広く実施されています。
このHbA1cとヘモグロビン(Hb)との違いについて、どのように説明したらよいでしょうか?
「ヘモグロビン」って何?貧血で測る「ヘモグロビン」とは違うの?
A.「ヘモグロビン(Hb)」は赤血球に含まれるタンパク質の一種で、酸素を身体のすみずみに届ける役割を担い、ヒトが呼吸をするために欠かせません。それは、「グロビン」と呼ばれるアミノ酸の重合体と、鉄(ヘム)が4つ結合した構造。このグロビンの種類や数によってHbAやHbF、HbS、HbA2といった区分に分けられます。
つまり、Hbはこれらの総称です。ヒトは生後6カ月を超えると、Hbのうち96%以上をHbAが占めるようになるため多くの場合、Hb≒HbAと表記されています。
「HbA1c」って何?
A.まず「HbA1」は、HbAに糖が結合してその分子がマイナスに荷電したものです。この結合の仕方により、「HbA1c」とそれ以外の「HbA1b」などに分かれます。そのなかで大多数を占め、1~2カ月に渡って安定した結合の形式(ケトアミン結合)をとっているのが「HbA1c」。
これにより、1ヶ月半から2ヶ月半くらい前の血糖の平均状態を表す指標として用いることが出来ます。検査値の単位が%なのは、全体のHb量に対するHbA1c量の割合を表しているからです。
もっと簡単に説明してほしい
A.健康なヒトで「HbA1c」は、全体の「Hb」のうち4~6%を占めています。ひとことで言うなら、「HbA1c」は糖とくっついている”異常ヘモグロビン“。これが高く推移してしまうと、「Hb」の働きを十分に発揮できないことに加え、身体にとって負担も生じやすくなります。
検査内容を理解する必要性
最低でも年に1回は、受けることが推奨されている健康診断。その結果をふり返り、ふだんのライフスタイルで実践に移していますか?
ただ、その検査値がどうして上がったのか、下げるには何をすればよいのか、これらを知る機会が少ない人は意外と多いのかもしれません。より具体的なアクションを導くために、第一歩として検査内容を理解することも大切です。
段階にわけて、次の3つのステップで取り組んでみてください。専門的な知識がなくてむずかしいと感じる人は、かかりつけの医師や薬剤師に相談しましょう。
※ここでは検体測定室で測定可能な随時血糖値とHbA1cに的を絞って、取り組み例を挙げています。
Step①把握|数値が上がった理由
暴飲暴食に心当たりがなく、甘党でもないのに血糖に関する値が高いという人は、中性脂肪やBMI(ボディマス指数)、筋肉量も確認しましょう(薬剤性や二次性糖糖尿をのぞく)。一般的に、筋肉量が少なく中性脂肪の多い人では、糖の利用率が上がらないために血糖は高くなりやすい傾向にあります。
また、検査前に(HbA1cでは1か月半~2か月前)、交感神経刺激作用のある風邪薬や鼻炎薬などを飲んでいませんでしたか?そこまで大きな影響は出にくいものの、”マオウ“という生薬成分が含まれた医薬品やドリンク剤などではグリコーゲン分解作用により、値が高くでる可能性もあります。
Step②検討|数値を下げるには?
基準値と逸脱した値が出た場合、治療中あるいは受診中でない人は、放置せずに医療機関で相談することが大切です。
一方、とくに異常値でなかった場合でも結果表をよく見てみると、血糖に関する数値をより良くコントロールするためのヒントが隠れていることもあります。たとえば、中性脂肪が正常域の範囲内でもすこし高めだったり、筋肉量が少なめだったり。正常域にある数値でも、改善の見込めるものがないか探してみましょう。
血糖だけでなく、血液検査で分かったすべての項目に対して総合的に取り組むことが、結果として血糖を改善することにつながります。
Step③実践|目標にあった実践
どの数値をどのくらい下げたいか目標が決まったら、いよいよ実践です。
食生活で心がけていることに自信のある人は、運動や睡眠で取り組めそうなことを1~3つくらい挙げてみましょう。たとえば1日3分の運動でも、インナーマッスル(深層筋)を鍛えるのか、糖の代謝に関わる速筋(そっきん、白筋ともいって瞬発力にすぐれる筋肉)を鍛えるのかという風に、細かく実践方法は異なります。
一方、睡眠の質は低下すると耐糖能が悪化するという研究報告も多く、寝つきは良いか?どの位の睡眠時間で日中の疲労を感じずに活動できるか?といった視点で自身を振り返ってみるのもよいでしょう。
もし、食生活での改善方法が見いだせないときには、調味料のバリエーションや食品素材そのものがもつ栄養価、歯ごたえや香りなど、視点をずらして見てみましょう。タンパク質や糖質の量に目を向けることは大事ですが、過度な減量や特定の食品への置き換えはストレスやリバウンドの誘因になりやすいため注意が必要です。
検体測定室に寄せる期待
検体測定室に期待されていることが数々あるなかで重要なのは、受検者さんの行動変容に寄与すること。検査内容への理解を深めることで、糖尿病をはじめとする生活習慣病に対する意識も高まる期待がもてます。
また、将来もし糖尿病に罹ってしまったときには検査の基礎知識が身に付いている分、治療に対して自主的に取り組みやすくなるのではないでしょうか。
情報の錯綜する現代において、検体測定室が「信頼できる情報収集の場」としても活用されるようになることを祈っています。
※この記事は2024年5月時点の情報です。ガイドラインや法の改正によって内容に変更が生じている際には、現状をご優先ください。この記事が、これから検体測定室を検討する方々にとって何かのヒントとなりましたら幸いです。