現代における飲酒はソバ―キュリアス※や“微アル”※など、パフォーマンスも意識した新しい価値観が登場しています。自身の血液像に向き合う検体測定室では健康意識の高い人も多く、こうした時代背景も踏まえながら、飲酒の基礎知識や測定に与える影響に関する情報をアップデートしておくことが大切でしょう。
とくに薬剤師が対応する検体測定室では、第2のアルコール代謝経路と称されるMEOSで肝代謝酵素CYP2E1と薬との相互作用まで、会話が発展するかもしれません。 この【前編】では、アルコ―ル代謝に関する解説ポイントの整理と最近の知見、いわゆる“ザル”や“ゲコ”の正体、“飲めばつよくなる?”という疑問への回答について紹介します。
※ソバ―キュリアス:飲酒できる体質だけれど、飲まないことで心身の健康管理への達成感や、パフォーマンス向上の可能性に期待するスタイルのこと。
※微アル:アルコール飲料大手企業による表現で、アルコールが0.5%と微かにふくまれていること。
飲酒から吸収と代謝、排出までの流れ
飲酒(アルコール摂取)の影響を考えるには第一に、代謝経路について押さえておくことが必要です。アルコール飲料の主成分として含まれるエタノール※(エチルアルコール)は、始めに胃でゆっくりと約10%~20%が吸収され、続いて残りの約80%~90%が空腸から速やかに吸収されます。そして門脈を通って肝臓へ入ると酵素によってほとんどが代謝され、最終的に水と二酸化炭素になり、体外へ排出されるというのがおおまかな流れです。
ここで、エタノールの分解や消失は肝臓での代謝が主で、一方の汗としては0.1%くらい、尿としては0.3から4%くらいしか排出されません。したがって、入浴などで発汗量を増やしたり、水をたくさん飲んで尿量を増やしたりしても、基本的には体内から早くエタノールがなくなるということはないのです。
※エタノールはアルコールの一種ですが、便宜上、本文では以降すべてアルコールに統一して記載します。
肝臓でアルコール代謝の主経路「ADH」
肝臓では2つの代謝経路で、アルコールが酢酸まで代謝されます。1930年代にはすでに、アセトアルデヒドを経て酢酸まで2段階で代謝されることが解明されていました。ひとつ目の段階はアルコール脱水素酵素(ADH;alcohol dehydrogenase、アルコールデヒドロゲナーゼ)による反応で、アルコール代謝の主な経路です。これには遺伝が関与し、ADHには以前から3つのタイプ(1A、1B、1C)が知られています。
なかでも、日本人でおよそ5~7%が該当するADH1Bは、アルコールの代謝が遅い特徴をもつタイプのADHです。そのような人では、代謝が速いほかのタイプを持つ人と比べて、肝臓の組織におけるADH活性が5分の1から6分の1程度しかありません。
言い換えると、ADH1Bを持つ人は長時間にわたって体内にアルコールが残りやすく、いつまでも酒臭い人。加えて、アセトアルデヒドがゆっくりと作られ続けることで顔面紅潮(こうちょう)や吐き気、動悸や眠気、頭痛といった不快な症状(これをフラッシング反応と呼ぶ)が長引きやすい人です。
遺伝子コードなど追加「ADH」新分類
近年、ADHにおけるアイソザイム(izozyme)※の存在が明らかになったため、既存の3つのタイプに新しい知見を加えた6つのクラス(Ⅰ~Ⅵ)で表記されるように変わってきました。この新分類には遺伝子コードや、体内のどこに存在しているかといった、組織分布などの知見も組み込まれています。
なかでも、アルコールの代謝には関係ないと考えられていたクラスⅢのADH3の遺伝子コードは全身に存在し、アルコールだけでなくビタミンAやステロイドの代謝にも関わっていることが分かりました。
こうした遺伝子コードの機能を操作することで、気管支喘息症状の軽減や肝臓の線維化を予防するなど、今も研究が進められているところです。
※アイソザイム:ほとんど同じ酵素活性なのに、構成するタンパク質のアミノ酸配列が異なる酵素のこと。
クラス | 遺伝子コード | 新分類 | 組織分布 |
---|---|---|---|
Ⅰ | Adh1 | ADH1A | 肝 |
Adh2 | ADH1B | 肝、肺 | |
Adh3 | ADH1C | 肝、胃 | |
Ⅱ | Adh4 | ADH2 | 肝、角膜 |
Ⅲ | Adh5 | ADH3 | ほとんどの臓器 |
Ⅳ | Adh6 | ADH4 | 胃、食道、その他粘膜 |
Ⅴ | Adh7 | ADH5 | 肝、胃 |
Ⅵ | Adh8 | ADH6 | ヒトには存在しない |
“ザルorゲコ”を決める代謝酵素「ALDH」
肝臓でADHによってアセトアルデヒドに代謝されると、続いてアルデヒド脱水素酵素(ALDH;aldehyde dehydrogenase、アルデヒドデヒドロゲナーゼ)によって酢酸まで代謝されます。酢酸はこのあと肝臓を出て血流を介し、筋肉などの各組織で代謝されることに。
ここで、酢酸そのものは、ヒトの生体内において有用な成分です。たとえば、空腹時には必要なエネルギーを得るために、肝臓で脂肪酸が分解された結果として内因性に酢酸が生成されます。また、食事や飲料などによる外因性の酢酸は、余分な体脂肪の蓄積予防や骨格筋における脂肪代謝の促進、耐糖能を改善するといった報告も。
一方、大量の飲酒によってできた酢酸は、ミトコンドリアの酵素活性を抑制することでこうした機能が正常に働かず、中性脂肪の合成は活性化されて糖の利用率は低下し、肥満や糖尿病のリスクにつながっていくのです。
このALDHにも遺伝が関与し、日本人ではそのタイプが3種類あると言われています。もっとも割合が多いのは「高活性型」で約6割、次に多いのが「低活性型」で約3割、そして一番すくないのが「無活性型」で1割未満です。
「無活性型」の人ではアセトアルデヒドの分解が極端に遅く顕著にフラッシング反応が生じるため、本人も飲めないことを自覚しています。加えて、周囲から見ても顔面紅潮などの所見から、容易にそれを感じ取ることが出来るでしょう。
反対に、“自分はお酒がつよい方だ”と思う人は「高活性型」。アセトアルデヒドの代謝がスムーズに代謝されていくためにあまり不快な症状は出ず、周囲から見ていわゆる、“ザル”に見えるのがこのタイプの人です。
もう1つの肝代謝経路「MEOS」とは
1960年代後半、アルコール代謝と肝臓に関する研究で大きなブレイクスルーが起きました。それは、アルコール依存症患者の肝硬変について研究していたチャールズ・リーバー(Charles S.Lieber)教授(米国)がおこなった、第2のアルコール代謝経路と称されるMEOS(microsomal ethanol oxidizing system、ミクロソームエタノール酸化系)の発表です。
それまでは、アルコール濃度が高いときにいくらADH活性をゼロにしてもアルコール代謝が止められないことや、慢性的なアルコールの状況下ではADH活性が増加する理由について、よく分かっていませんでした。
その後も研究は進み、薬との相互作用で注意が必要なCYP2E1※(チトクロムP4502E1)という、アルコール代謝能の大きい肝代謝酵素の関与が実証されます。この経路はADHによる経路と異なり、長期的な飲酒によって活性は増えるというのが特徴です。
また、アルコールとの親和性を考える上で重要なKm値(ミカエリス定数、酵素の特性がもつ固有値)において、ADHよりもMEOSの方が少なくとも5倍は高いということが分かっています。血液中のアルコール濃度が上がるとMEOSが作動する。この状態が頻繁に起こると、自然とCYP2E1が誘導されやすくなり、いつの間にかアルコール代謝の半分以上をADHに替わってMEOSが占めるようになります。
ここで問題になってくるのが、このMEOSの過程で発生する活性酸素種(ROS、reactive oxygenspecies、フリーラジカル)です。
※CYP2E1(チトクロムP4502E1):
CYP(シトクロムP450)は薬物や生体外異物、内因性物質の代謝に関わる重要な酵素で、その分子内のアミノ酸配列によってCYP1、CYP2、CYP3などのファミリーに分類される。CYP2E1は主に肝臓に発現し、アセトアミノフェンなどの薬物やエタノール、ニトロソアミン類などの癌原性物質の代謝にも関わる。
お酒は、“飲めばつよくなる”は本当?
過去には、飲酒量が増えると脳や神経系でアルコールに対する耐性が生じて酔いにくくなるため、これがいわゆる“飲めばつよくなる”につながるという考えが主でした。現在ではこれに加えて、「習慣的にたくさん飲み続ければMEOSが活性化してアルコールの代謝量が増え、分解速度も速くなる」と説明できます。
ここで、2つのアルコール代謝経路ごとに考えてみましょう。まずADH/ALDHの経路では、飲酒後のほろ酔い濃度でADH活性が最大になるものの、習慣的に飲み続けたり一度にたくさんの量を飲んだりしても、その活性が最大値を超えることはありません。さらに前述のとおり、ADHとALDHは遺伝子型に左右されるため、これがお酒に対する強弱に関わる可能性は低いと考えられます。
対するMEOSでは、飲酒後の酩酊(めいてい)濃度で活性は最大となり、長期間にわたって大量の飲酒を続けると、さらにその活性は増えることが分かっています。このように、飲み続けるとお酒につよくなるのはMEOSが活性化し続け、肝代謝酵素のCYP2E1の量が増えているからです。
ただし、MEOSによるアルコール代謝には、身体の酸化を促す有害な活性酸素種の発生も伴うということを忘れてはいけません。“飲めばお酒はつよくなる”という反面、それには活性酸素種による肝障害などのデメリットも合わせて認識することが重要です。
…… 後編につづく(Continued in the second part)
この記事を書くにあたり参考にした文献等(順不同)
- e-ヘルスネット「アルコールの吸収と分解」
- 日大医誌 80 (4): 199–202 (2021)「多臓器を対象としたアルコール医学研究」
- 肝臓 59 巻 7 号 305―311(2018)「アルコール性肝障害の研究史」
- 日本栄養・食糧学会誌 第67巻 第4号 171-176(2104)「酢酸の生理機能性」
- 慶応保健研究(第41巻第1号,2023)「ミトコンドリアの代謝系から考えるアルコール関連疾患」
- 人間工学Vol.42,No.5(‘06)「一定濃度の呼気中アルコールがタスク・パフォーマンスに及ぼす影響」
- 肝臓 50 巻 12 号 748―751(2009)「追想:Lieber 先生とアルコール医学」
- 千葉医学78:69~73,2002「第2のアルコール代謝経路MEOSとCYP2E1」
- 山梨医大誌,3(3),75~88,1988「栄養とアルコール性肝障害」
- 厚生労働省科学研究費補助金(創薬基盤推進研究事業「ヒト肝臓におけるCYP2E1のmicroRNAによる発現制御」
- 千葉医学78:69~73,2002「第2のアルコール代謝経路MEOSとCYP2E1」