脂質異常症など生活習慣病における基本的な知識は、40歳をこえると始まる特定健康診査(特定検診、いわゆる”メタボ健診”)などの取り組みもあって、広く知られるようになってきました。ここでは、検体測定室で測る脂質4つ(中性脂肪、悪玉コレステロール、善玉コレステロール、Non-HDLc)の解説方法や、おさえておきたい知識についてご紹介します。
各脂質のちがいは ”比重”
中性脂肪もコレステロールも脂質(油)の一種で、そのままでは血液に溶けません。
そこで脂質は「アポタンパク」と呼ばれるタンパク質と結合し、血液の流れにのって全身へ。この結合した粒子状のものが「リポタンパク」で大きさや比重、組成により5種類に区分されます。
脂質4つを詳しく解説するために、まずは脂質の区分となる全体像5種類をおさえましょう。
”LDL・HDL”はコレステロールを運ぶ乗り物
”LDL”というと”悪玉”を連想するひとが多いかもしれませんが、リポタンパクの ”LDL=悪玉コレステロール” ではありません。
LDLはホルモンや細胞膜などを作るために全身へとコレステロールを運ぶ、乗り物のような役割を担っています。このLDLの運ぶコレステロールが悪玉コレステロール(LDLコレステロール)。同様に、末梢血管や抹消組織からコレステロールを肝臓へもどすために活躍する乗り物がHDLです。
一般に健康診断などの血液検査では、これらLDL・HDLの乗り物(粒子)の量を反映するコレステロールの濃度を測っています。
※LPL(lipoprotein lipase):リポタンパクリパーゼ。中性脂肪を遊離脂肪酸とグリセロールに分解する酵素。
中性脂肪は低すぎても不調をきたす!
中性脂肪は低ければ低いほど、健康的?
脂っこいものは嫌いなので、中性脂肪は低いと思います。
(略称:TG、triglyceride、トリグリセリド)
3つの脂肪酸とグリセリン1つが結合したもので、別名はトリアシルグリセロール。身体によいと言われるオメガ3系やオメガ6系脂肪酸なども、脂肪酸の一種です。
その機能は、皮下脂肪として内臓を守るクッションとなったり、血液中の糖(glucose)が足りなくなったときに身体を動かすエネルギー源となったり。いずれも私たちの身体を維持していくために、大切な役割を担っています。
健康なひとにおける適正値は30~150の範囲で、極端に少ないと持久力が低下するリスクもあるため、過剰なダイエットには注意が必要です。
食事では酸化しにくく、シンプルで新鮮な脂質を摂るようにしましょう。また、中性脂肪はいわゆる脂っこいものだけでなく、糖質も摂取してエネルギー消費されなかった分は体内に蓄積されます。解説のなかでこうした誤解をとくきっかけとなるのも、検体測定室の意義に含まれているのかもしれません。
悪玉コレステロールが低いほどよい訳
(略称:LDLc、low density lipoprotein cholesterol)
呼び名のなかに「悪」とあって、悪いものだと思っているひとも多いでしょう。しかし、このLDLcは細胞膜やホルモン、胆汁酸などをつくる材料のコレステロールを全身へ運ぶために必要です。私たちの身体はコレステロールを毎日、おもに肝臓と小腸で必要な量の7割以上を合成しています。
そして残りの3割が食事由来のもの。これを必要以上に多く摂ると血管壁のなかに潜りこんで、活性酸素などの作用で酸化され「酸化LDL」となり、体内の免疫を担うマクロファージに食べられます(これを貪食という)。ここで酸化LDLが多いと、マクロファージは処理しきれずにLDLを抱えたまま、血管壁のなかで機能を失って塊に。これが泡沫細胞といって、動脈硬化を引き起こす大きな原因のひとつ「プラーク」の正体です。
LDLcが80mg/dl未満のひとに比べて、140mg/dl以上あるひとの冠動脈疾患を発症するリスクは約3倍、心筋梗塞では約4倍とも言われています。
善玉コレステロールはメタボ健診で基準
(略称:HDLc、high density lipoprotein cholesterol)
各臓器で余ったコレステロールを引き抜いて肝臓に戻してくれる働きから、呼び名に「善」と付けられています。
LDLcとの大きな違いは2つ。ひとつは、働きや流れが対照的であること。もうひとつは、組成のうちアポタンパクとコレステロールの比率が逆転していることです。このHDLがコレステロールを運ぶ流れは「コレステロール逆転送系」と呼ばれ、体内のコレステロールにおけるホメオスタシスの維持に重要な役割を担っています。
さらにHDLcには近年の研究で、血管内皮機能の改善や抗炎症作用、抗酸化作用もあることが分かってきました。
健康なひとにおける適正値は40mg/dl以上で、LDLcを上回っていても問題ありません。特定健康診査(メタボ健診)における脂質異常の項目では、HDLcが40mg/dl未満であることも診断基準のひとつです。このHDLcが低くなる原因としては、喫煙や運動不足、肥満があげられます。
Non-HDLcは食後測定でも判断できる
(非高比重リポタンパクコレステロール)
総コレステロールからHDLcをさし引いた計算値で、善玉コレステロール以外の体内に存在するコレステロール量のことです。これは、HDLをのぞく4種類のリポタンパクが抱えるコレステロール量を意味しています。
悪者はLDLcだけと思われがちですが、ほかのリポタンパクが分解される過程で生じた ”残り物” にも要注意。これらの”残り物”は総量としてはわずかながらも、長時間にわたって血管内にとどまることで動脈硬化を促進することが分かっています。
そこで「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017」では、このNon-HDLcも診断基準に組み込まれました。その適正範囲は、170mg/dl未満です。
また、検体測定室で測ることのできる脂質のうち、このNon-HDLcは食事の影響を受けにくいこともポイントのひとつでしょう。中性脂肪をのぞく3つの脂質(LDLc、HDLc、Non-HDLc)における、食事影響や日中の変動幅は全体の5%にもなりません。これらは、ふだんからの積み重ねによって段々と変動していくのです。
中性脂肪をのぞく3つの脂質が食事や日内変動の影響を受けないなら、「血液検査は空腹状態で受けなくてもよいのでは?」と感じるかもしれません。
ここで、コレステロールには科学的に純粋な標準物質※が存在し、食事に関係なく測る時点での量がわかります。これが、LDLc(LDLを反映する数値)となると、リポタンパクのVLDLから連続的に作り出されているために、その組成が一定ではありません。つまり、LDLcには定量するための標準物質がないということです。
そこで、次に示すような「F式(Friedewaldの計算式)」を用いて、LDLcを算出しています。
ただし、このF式を適用できる条件が2つあることに注意しましょう。
(TC:総合コレステロール)
LDLc=TC-TG/5-HDLc
- 条件1| 空腹時(最後の食事から10時間以上を経過)の採血
- 条件2| 中性脂肪TGが400mg/dl未満のとき
この2つの条件が当てはまらない場合は、きちんとしたLDLcが算出できません。なぜなら、研究で相関性が保たれないとの報告があるためです。
また、中性脂肪は食後2~3時間でピークをむかえ、個人差や食事内容によっても差があります。F式で中性脂肪の値を用いる以上、食後の測定ではLDLcの値をきちんと把握することは困難です。
一方のNon-HDLcについては、このような条件はとくにありません。したがって、絶食10時間の上でおこなう場合をのぞき、検体測定では「Non-HDLc」「TG(食後の中性脂肪)」の結果が個々の判断材料となるでしょう。
※標準物質:ある物質の濃度を正確に決定したいときに使う、ものさし代わりとなる物質の濃度のこと
脂質を知ってもらう検体測定室の意義
脂質異常症は糖尿病や高血圧症と同じく、未病の段階では自覚する不調がありません。しかし、肝障害や糖尿病といった、脂質異常の延長上にある合併症のリスクは高く、早い段階で取り組み始めることが大切です。
検体測定室でこれら脂質4つの機能に加えて成り立ちなども解説できれば、受検者さんのヘルスリテラシー向上に対し、もっと寄与できるのではないでしょうか。
すこし専門的で難しいと感じる部分は、受検者さんごとのリテラシーやご希望に応じて、情報を選ぶことも必要です。
検体測定室に期待されていることが数々あるなかで重要なのは、受検者さんの行動変容に寄与すること。
すでにコレステロールや中性脂肪の治療のために服薬している人にとっては、薬だけに頼るのではなく、主体的に改善をめざす取り組みについて考える、きっかけにもつながることでしょう。
医療機関では目的に応じた沢山の検査があるものの、個別のニーズに応じて、個々が情報を理解できるような環境は十分でないかもしれません。検体測定室を、様々な不安を解消するための場として活用してみてはいかがでしょうか。
※この記事は2024年5月時点の情報です。ガイドラインの改正などで記載内容に相違がある際は、現状をご優先ください。