飲酒にまつわる検体測定室での解説ポイント【後編】

【前編】では、主にアルコ―ル代謝に関する解説ポイントの整理と最近の知見について紹介しました。この【後編】では、飲酒が心身に与える影響や疾患との関連、薬との相互作用、アルコールが消失するまでに要する時間の計算方法、検体測定室で測定する数時間前の飲酒が与える影響について紹介します。解説のポイントを数値や根拠とともに押さえ、受検者さんのより良い健康支援にお役立てください。

目次

飲酒が心身に与える影響や病気との関係

おそらく、過度な飲酒が身体にわるいということは、多くの人が認識していることでしょう。これには下記に挙げるような4つの視点で整理し、個々に理解することも大切です。

アルコール影響① 精神面の変化

少量の飲酒(血液中のアルコール濃度として20~50mg/dl)は気持ちをリラックスさせたり、態度が活発になって会話を増やしたりするといったプラスの効果も認められています。仕事や作業などで疲れたあとに飲むお酒の一杯目が、より美味しいと感じるのはこのためかもしれません。

しかし、血液中のアルコール濃度が50mg/dl以上に増えると、気持ちが大きくなり過ぎたり突拍子もない行動に出やすくなったり、普段では考えられないような反社会的な行動に出ることも。このメカニズムについては、まだ詳しく解明されていません。
ただ、アルコールは精神安定剤などとちがって特定部位だけに作用するとは限らず、さらには受容体※を構成するタンパク質に結合し、その機能を変化させることも分かっています。つまり、作用する部位が決まっていない分、多量の飲酒ではどのような精神的な変化が現れるのか予測しにくいのです。

※受容体:ドパミンやセロトニンなどの神経伝達物質が、作用を発揮するために結合する特定部位のこと。

アルコール影響② 身体面の変化

飲料のアルコール度数や個々の代謝能力により心身の呈する症状は変わってくるものの、一般には血液中のアルコール濃度が50~150mg/dl程度で集中力の低下や、心拍数と呼吸数の増加などが現れると考えられています。さらに150~250mg/dlに増えると呂律が回らなくなる構音障害や、まっすぐに歩けなくなる失調性歩行(しっちょうせいほこう)、眠気や嘔吐などが現れます。

これらの理由は、多量のアルコールは鎮静効果がつよいために小脳の機能を低下させ、運動機能の障害をもたらすから。こうした身体のサインで飲酒をやめずに続けていくと意識障害や昏睡状態に留まらず、最悪の場合は死に至ることもあり、非常に危険です。

アルコール影響③ 病気との関連

アルコールが直接的な肝毒性につながることは1973年に、前述のMEOSを発表したチャールズ・リーバー教授によって証明されていました。彼の研究では栄養学的に十分な条件下でマントヒヒに対し、4年以上にわたって総カロリーの半分に相当するアルコールを投与した結果、脂肪肝から肝線維化、そして肝硬変に至ることを示したのです。

この脂肪肝はアルコールの摂取に関わらず、肥満や糖尿病などの背景がある場合にも進行し、自覚する症状は滅多にありません。また、肝線維化というのは、免疫細胞などが関わり肝細胞の死が続くことで、コラーゲンやエラスチンといった線維性物質の産生が亢進し、肝細胞の破壊と再生のバランスが壊れている状態です。これを放置すると線維化は肝臓全体に拡がり、肝硬変に移行します。
肝硬変を起こした肝臓はごつごつした見た目で小さく、硬くなっているために腹水や食道静脈瘤、肝性脳症※、黄疸、こむらがえりなどを起こしやすいことが特徴です。

そのほか、手掌紅斑(しゅしょうこうはん)といって親指と小指の付け根が赤くなったり、男性においては女性化乳房や睾丸萎縮などが見られたりすることも。肝臓のほかにも、男女ともに性ホルモン分泌の障害や、インスリン分泌の低下による耐糖能障害、中途覚醒が特徴的な不眠を招きやすくなることなどが分かっています。

また、愛飲家で痛風に悩む人が多いのは、ADHとALDHが働く際にNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)を大量に消費してNADHとなり、体内がこれによって還元状態に傾くことで乳酸が大量につくられるから。この乳酸が尿を酸性に傾けて、尿酸が尿から排泄されずに結晶化してしまうことが痛風発作の原因です。

※肝性脳症:肝臓で除去されるはずの有害物質が血液を介して脳に達し、脳機能が低下する病気。

アルコール影響④ 薬との相互作用

アルコールの薬との影響は、薬力学的な相互作用と薬の代謝における薬物動態学的な相互作用の2つに大別されます。
ひとつ目で代表的なのは、中枢神経に作用する睡眠導入剤や抗不安薬、アレルギーの薬などとの相互作用です。これらはともに中枢神経を抑制することで、健忘(けんぼう)症状※や眠気などのつよい鎮静作用を起こす可能性があります。また、比較的、効き目のつよい一部の鎮痛剤や鎮咳剤(咳どめ)とも、鎮静作用が増強するほか、低血圧などが起こり得るため注意しましょう。

※健忘:過去の出来事や経験を一部またはすべて思い出せなくなったり、新しい記憶を保持できなくなったりすること。

そして2つ目の薬物動態学的な相互作用は、さらにその内容を2つに分けて考える必要があります。
まずは、薬がALDHの働きを邪魔するために血液中のアセトアルデヒドが蓄積し、急性アルコール中毒の症状(血圧低下、呼吸困難、発汗、嘔吐など)が起こるもの。これには、ピロリ菌を除菌する薬として知られているメトロニダゾールが代表的です。ただ、この相互作用を逆手にとり、シアナミドやジスルフィラムなどはアルコール依存症を治療するための禁酒薬(医師による処方が必要)として用いられています。

一方、アルコールの常飲によって、本来の治療意図とは異なる薬の効き方を示すケースも。これには、前述したMEOSの活性亢進によりCYP2E1は誘導されることが関与しています。たとえば、血液を固まりにくくする抗凝固薬のワルファリンや、抗てんかん薬のジフェニルヒダントイン、頻脈や頭痛などに用いるプロプラノロールなどはこの相互作用を受けやすい薬です。こうした処方が必要な薬以外でも、市販薬でお馴染みのアセトアミノフェンという解熱鎮痛成分は、愛飲家で肝障害の報告があるため注意しましょう。

アルコール消失に必要な時間の計算

まず、アルコールの消失時間を求めるには、その飲料に含まれる純アルコールの量を知ることから始まります。飲料の個装(缶やボトルなど)には%のみで表記されていることが多く、あまり馴染みのない計算かもしれません。たとえば、アルコール濃度5%のビール500ml缶には、アルコールの比重※である0.8を加味して計算すると、20gの純アルコールが含まれているという計算になります。

続いて、この純アルコール量を国際的な単位である「ドリンク」に換算。1ドリンクは10gで、上記の5%のビール500mlの場合は2ドリンクに相当します。ここで、平均的なアルコールの分解は1時間あたり男性で0.8ドリンク(純アルコール量で8g)、女性で0.6ドリンク(純アルコール量で6g)です。つまり、2ドリンクに相当する5%のビール500mlが体内から消失するまでの時間は、男性で2.5時間、女性でおよそ3.3時間ということになります。

ただし、個人差があることに注意しましょう。また、アルコールの分解に要する時間は性別だけでなく、年齢や体重、体質、疲労や体調など多くの要素によっても変動し、とくに睡眠中はその処理速度が遅くなります。これらを勘案すると、1時間あたりに分解できる量は0.4ドリンク(純アルコール量で4g)と考えておくのが無難です。

次の表に、0.4 ドリンク= 1 時間として算出した、1時間あたりで分解できる代表的なアルコール飲料の「飲む量( ml )」を記しますので参考にしてください。(アルコール濃度をAlcと表記)

アルコール消失までの時間計算

Step① 純アルコール量( g )を求める

純アルコール量( g )=酒の量( ml )×度数( % / 100 )×比重0.8

例)濃度 5 % のアルコール飲料を 500 ml(ロング缶 1 本)飲んだ場合の純アルコール量は、
500 ml × 5 % × 1 / 100 × 0.8 = 20 g

Step② 国際単位「ドリンク」に換算

純アルコール量 10g1 ドリンク

例)濃度 5 % のアルコール飲料を 500 ml飲んだ場合( 20 g )= 2 ドリンク

Step③ アルコール消失までの時間を計算

1ドリンク = 2.5 時間

例)濃度 5 % のアルコール飲料を 500 ml飲んだ場合( 2 ドリンク)= 5 時間
∴ アルコールが消えるまでに要する時間の目安は、5 時間が目安です!

上記の計算について、体重や飲んだアルコールの種類、飲んだ量、アルコール濃度(%)を入力するだけで、消失までに必要な目安時間を算出してくれる便利なサイトを福岡県警察が提供しているので参考にしてください。さらにこのサイトでは、世界保健機関(WHO)が作成した飲酒習慣スクリーニングテスト(AUDIT)も併せてあり、10の設問に応えるだけで自身のアルコール依存症や将来の危険性をチェックできます。

(福岡県警察のサイト:https://www.police.pref.fukuoka.jp/ddzero/check/

※比重:水との密度比のことで、水を1としてそれに対し何倍かを表す。

検体測定する前の飲酒の影響は?

検体測定室での測定は健康診断や人間ドックなどと異なり、測定前の絶食を必要としていないことが大きな特徴です。完全な絶食とは10時間以上を差し、この間はもちろん飲酒もできません。
一方、前述したアルコール消失に必要な時間を踏まえると、少なくともそれに要する時間内では肝臓がアルコールを分解するために働いていることが想像できます。これは、検体測定室で測る肝機能(AST、ALT、γ-GTP)の値へ影響を及ぼす可能性があり、測定に臨もうとする受検者さんに対して事前の説明が必要です。

また、脂質4項目(中性脂肪TG、悪玉コレステロールLDL-c、善玉コレステロールHDL-c、Non-HDL-c)も肝臓とは深い関わりがあり、より正確な値を確認しにくくなる可能性も否定できません。
脂質4項目と肝臓との関係については、既存記事「中性脂肪やコレステロールの誤解【検体測定室での解説方法~脂質編~】(2024.5更新版)」で詳しく解説しています。

まとめ|検体測定室で出来ること

このように、アルコールの代謝に関する情報は今もなお更新され続けています。検体測定室で測定サポートをおこなう方々には、受検者さんからの質問に対して明確な数値や根拠を示しながら、その人にあった行動変容の一助となることが求められるでしょう。
受診勧奨の場である検体測定室が、日常生活のなかでアルコールを嗜む方々にとって、「心強い健康サポーターがいる場所」という認識を持たれるようになれば素晴らしいことと思います。

この記事を書くにあたり参考にした文献等(順不同)

  • e-ヘルスネット「アルコールの作用」
  • 肝臓 50 巻 12 号 748―751(2009)「追想:Lieber 先生とアルコール医学」
  • 日本内科学会雑誌 111 巻 1 号「肝線維化進展の分子機序, 血中肝線維化マーカー」
  • 国立研究開発法人 肝炎情報センター「肝硬変」
  • 慶応保健研究(第41肝第1号,2023)「ミトコンドリアの代謝系から考えるアルコール関連疾患」
  • 厚生労働科学研究成果データベース「酒との併用により起こりうる事象」
  • 耳展43:1;85~88,2000「アルコールと薬物の相互作用について」
  • e-ヘルスネット「飲酒量の単位」
  • 独立行政法人国立病院機構 久里浜アルコール症センター「基礎的知識の説明」
  • 国土交通省「飲酒に関する基礎教育資料」
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この記事を書いた人

曽川 雅子のアバター 曽川 雅子 株式会社リテラブースト代表、薬剤師

大学卒業後15年間の薬局勤務を経て独立。
多彩なシーンで検体測定室のプロデュースと、エビデンスの確かな記事の執筆提供を中心に活動中。「ここで聞けて良かった!」というお声が原動力。

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